過去は変えられる

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小説「マチネの終わりに」は、

平野啓一郎の最新作、

毎日新聞で連載されていた、

大人の恋愛小説である。

恋愛小説?

いや、これがだだの恋愛小説ではなかった。



平野啓一郎氏の文は、

やっぱり頭のいい人だなぁと思う文章で、

私には見たこともない漢字、表現がたくさんある。

なのになぜか、自分のなかで3代トップにはいるくらい、

文章が読みやすい。

読みやすいというのは、

たやすい、ということではなくて

あくもでも私にとって、

冒頭の一文から湯水のごとくに

すーっと文字が体に入ってきて(なんの抵抗なく読めて)、

知らぬ間に引き込まれてしまう夢中で読んでしまう)

という文章。

・・・不思議です。


物語は、蒔野聡史と小峰洋子の出会いから始まる。

この物語には、実際にモデルがいるという。

そこで初めに、きゅっと胸つかまれてしまった。


恋に落ちる。

運命の出会い。

惹かれ合う。

彼らには、どれもこんなありふれた表現では

軽いような気がする。

この二人は、理解するとか、通じ合う、とか

そんな言い方のほうがぴったり合う気がする。

お互いが初めて会ったときの感情。

それは、”理解されたという喜び”。

そしてそれから数年たって、

彼らが別の場所にいても同じことを

相手に思い、いだいている。


彼らは常に、時代の情勢のなかに身を置いている。

イラク紛争、アメリカのリーマンショック、

そして日本の東北大震災・・・。

そのなかで懸命に生きている。

この彼らの生き方が素晴らしい。

この物語が、ただの恋愛小説ではないという印象は

ここにある。

そして彼らが、40歳という

揺れ動く年齢の辺りだということ。

大人の彼らをとりまくさまざまな出来事は、

偶然ではなく、大人だからこそであった。

誰が悪い、いけないということではなく、

40代であれば、共感したり感銘したり

するようなことが多いのではないだろうか?

私はこの二人がとてもみじかに感じられた。

そして読み終えた後、彼らはお互いを思いやる、

優しいこころの持ち主だなと思った。


この本には序文があって、そこでは

彼らのことを二人の”生”という表現をしていた。

最初、私は”生き方”という意味かと思ったが、

運命あるいは軌跡かな、とも感じた。

二人の”生”はおかしいと思いながらも、

美しいと感じたという。

それは本当に美しく、綺麗だった。

美しさとは、寂しさのなかにあると

私は思う。

二人の間には、物語を通して、一本の線のように

音楽が通っている。

男性の蒔野は、クラシックギタリストということもあるが、

だからなのか、この小説は

音楽が流れるようにすうっと心に入り、余韻を与え続ける。

そこには美しさがあった。

物語の途中、我々は

この余韻を漂い続けていたいと思う。

先を読みたいと思う気持ちを持ちながら。

この小説は、大切に彼らの気持ちに沿い、

留まっていたいと思う、ここち良さがある。


ここにはあらゆる運命が書かれている。

彼らの出会いは、いわゆる運命なのだろうか。

いままで、赤い糸みたいな恋愛の運命って

どこか半信半疑なところがあったが、

人に限らず、物・事においても、

”理解する”、”通じ合う”とき、

それは、運命なのかもしれないと思う。


最後に、

この物語のなかで印象的な言葉がある。

”過去は変えられる”。

これは、彼らの最初の出会いのときに、

蒔野が言った言葉だ。

人は変えられるのは、未来だけだと思っている。

だけど、過去も常に未来を変えているのだ、と。

思わずはっとさせられた。

かつて自分の”過去が変わった”ときを思い出した。

そして、これからも変えていけると

背中を押された気がしたのである。
























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by kuroshiro_neko | 2016-09-19 23:54 | エッセイ

シロクロの絵とエッセイなど書いています。ブログ内で「アカリノムコウへ展」不定期開催中です。いつかギャラリーでも個展を開いてみたいてすね。
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