たくさんの、一人ひとりの人たちに

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まるで眠りにつくまえ、都会でつぶやく吐息のような歌。

ほっとしているのか、または悲しんでいるのか、

もしかして今日のため息を。あしたに希望を。

夜、だれかが眠っている。

だれかがとおくの夜景をみつめてる。

そっと、息をはいてる。



ひさしぶりに、山下達郎の「蒼氓」をきいた。

世のなかには、”夜の吐息のような歌”がいくつか存在する。

あと知っているのはたぶん、秦基博の「Dear Mr.tomorrow」とか、

岡村靖幸の「真夜中のサイクリング」のような、

勝手にそうじゃないかと思っている。

そのいくつかの中で昔から心のなかにあるのが、この歌だ。


蒼氓(そうぼう)、意味を調べると、人民、国民、蒼生とある。


たくさんの人たち。

だけど一人ひとり、そこにいて、

街ではいろんな人々が、何かをして

働いたり、何かを考えたり、

笑ったり泣いたりときには怒ったりして

生きている。

そのなかでだれかが、

それをとおくでフカンしたり、ズームアップしたりして

ながめているような。そんな歌。


”吐息の歌”を聴くと心のおくで、何かが自然にこみ上げてきて、

いつのまにか自分もため息をついている。

そして聴きおわると、生きているひとのことを思う。

きっとみんなもこうやって、ため息だったり吐息だったり、しながら

どこかで生きているのだと。


おつかれさまです、またあした!


ケッコウ、未来はあかるい、かもね。















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by kuroshiro_neko | 2016-11-05 00:14 | エッセイ

シロクロの絵とエッセイなど書いています。ブログ内で「アカリノムコウへ展」不定期開催中です。いつかギャラリーでも個展を開いてみたいてすね。
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